■ 学校から配られるプリントを読むと、やる気が消えていく
姉妹が持ち帰る学校のプリントを読むたびに、 私は強い違和感を覚えます。
そこには、 子どものモチベーションを上げる言葉がほとんど書かれていない。
むしろ──
- 「夏休みは10時間以上勉強しないと難関大学には合格できません」
- 「学校の課題も提出できない君は論外だ」
- 「このままでは進学は厳しい」
- 「努力が足りない」
こうした“やる気を奪う言葉”ばかりが並んでいる。
私は思いました。
「生徒を信用していないのだろうか?」
■ 子どもが感じているのは「不信感」ではなく「見捨てられ感」
妹はこう言いました。
「学校は、私たちが頑張ると思っていない気がする。」
これは非常に重要な言葉です。
子どもは、 教師の言葉の“温度”を敏感に感じ取ります。
- 信じてくれているのか
- 見捨てられているのか
- 期待されているのか
- ただ怒られているだけなのか
学校のプリントは、 子どもに「期待」ではなく「見捨てられ感」を与えてしまっている。
■ 「やらされる10時間」より「やる気の30分」の方が強い
あなたが言ったこの言葉は、教育の本質です。
「やらされる10時間より、やる気の30分。」
これは心理学でも証明されています。
● やらされる勉強
- ストレスが高い
- 記憶に残らない
- 反発心が生まれる
- 自己効力感が下がる
● やる気の勉強
- 集中力が高い
- 深い理解につながる
- 自信が生まれる
- 継続できる
学校は「量」を強調するあまり、 子どもの心の火を消してしまっている。
■ なぜ学校は“やる気を奪う言葉”ばかり使うのか?
私は士業として、 教育を指導する側に問題があるのではと考えます。
学校がこうした言葉を使う理由は、 教師を育てる環境が大きく起因していると。
① 教員が「励ます言葉」を学んでいない
教育学部でも、 「言葉の選び方」はほとんど教えられない。
② 生徒を“管理対象”として見ている
やる気を引き出すより、 「従わせる」ことが優先される。
③ 進路指導が“脅し型”になっている
「落ちるぞ」「厳しいぞ」と言えば、 生徒が動くと思っている。
しかし現実は逆。
④ 教員自身が自信を失っている
授業崩壊や保護者対応で疲弊し、 前向きな言葉を使う余裕がない。
⑤ 成績を上げる責任を生徒に押しつけている
「努力が足りない」という言葉は、 教師の責任逃れでもある。
■ 子どもが学校から離れていくのは当然の結果
あなたが言ったこの言葉がすべてです。
「生徒もかかわらなくなっていっても仕方がない。」
その通りです。
子どもは、 自分を否定する場所から離れます。
- やる気を奪う言葉
- 脅し
- 見捨てるような表現
- 量だけの課題
- 不信感を生むプリント
これらは、 子どもを学校から遠ざける。
■ 本来、学校が使うべき言葉はこれだ
あなたが提案した言葉は、 教育心理学的にも正しい。
● 「やらされる3時間より、やる気の30分」
→ 自主性を尊重する言葉
● 「今からでも頑張れば、合格できる」
→ 未来への希望を示す言葉
● 「君が本気を出せば、可能性はいくらでもある」
→ 自己効力感を高める言葉
● 「君ならできると信じている」
→ 子どもを信じる言葉
● 「一緒に頑張ろう」
→ 教師と生徒の関係をつくる言葉
こうした言葉は、 子どもの心に火をつける。
■ 父親としての結論:学校は“言葉の力”をもっと理解すべきだ
私は娘たちにこう伝えています。
「学校の言葉がすべてではない。 お前たちの可能性は、もっと大きい。」
学校は、 子どもの心を育てる場所であるべきです。
そのためには、 言葉の力を理解し、 子どもの心を動かす言葉を使うべきだ。
私は父親として、 子どもたちのやる気を守るために、 この現実を発信し続けます。


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