■ 「やった!A判定だ!」──親バカ父、暴走する
これは、長女が中学時代に受けた模試の話です。
ある日、模試の結果が返ってきました。 封筒を開ける前から、私はドキドキしていました。
「どうだろう…頑張ってたし、きっと良い結果が出てるはずだ」
そして開封。
A判定。
その瞬間、私は完全にスイッチが入りました。
「よっしゃああああああああああああああああああ!!!」 「見たか!努力は裏切らん!」 「このまま行けば文一も夢じゃないぞ!」 「お父さんは信じてたぞ!」
……と、家の中で大騒ぎ。
娘は苦笑い。 妻は冷静。 私は興奮MAX。
今思えば、完全に“親バカ父の暴走”でした。
■ 妻の一言で、私は現実に引き戻された
私が一人で勝手に盛り上がっていると、 妻が静かに、しかし鋭く言いました。
「ちょっと落ち着いて。 模試の結果に親が騒ぎすぎるのは逆効果よ。」
私は「え?」と固まりました。
妻は続けます。
「あなたが騒ぐと、子どもは“結果を出さなきゃいけない”ってプレッシャーになるの。 模試はあくまで通過点。 本番じゃないんだから。」
……完全に図星でした。
私は娘の努力を喜んでいたつもりでしたが、 実際には“結果に過剰反応する父”になっていたのです。
■ 娘の本音:「嬉しいけど、ちょっと重い」
後で娘に聞くと、 こんな本音が返ってきました。
「お父さんが喜んでくれるのは嬉しいよ。 でも、あんなに騒がれると、次もAじゃないといけない気がして…ちょっと重い。」
私はハッとしました。
- 努力を認めてほしい
- 結果を喜んでほしい
- でも、過剰に期待されるのは苦しい
子どもの気持ちは、いつもこの微妙なバランスの上にあります。
私はそのバランスを完全に壊していたのです。
■ 親が模試で騒ぐと、子どもは“結果依存”になる
士業として、私は“構造”を見る癖があります。
この出来事を冷静に分析すると、 親が模試に過剰反応すると、子どもはこうなります。
- 結果が良い → 親が喜ぶ
- 結果が悪い → 親が落ち込む or 怒る
- 結果がすべてになる
- 勉強が“親の期待に応えるため”になる
- 自分のための学びではなくなる
つまり、 子どもが“結果依存”になる危険性がある。
これは、長期的に見て非常に危険です。
■ 妻の冷静さに救われた
妻はピアノ教師。 子どもの成長を長年見てきたプロです。
妻はこう言いました。
「子どもは、結果より“過程”を見てほしいのよ。 頑張ったことを認めてあげるのが一番の励みになる。」
私は完全に納得しました。
- 結果に騒ぐ父
- 過程を見守る母
このバランスが、娘たちを支えてきたのだと気づきました。
■ 親バカ父の反省:模試は“ただの通過点”
それ以来、私は模試の結果が返ってきても、 まずはこう言うようにしました。
「よく頑張ったな。 この結果は、今の努力の“写真”みたいなものだ。 大事なのは、これからどうするかだぞ。」
すると娘たちは、 以前より落ち着いて模試に向き合うようになりました。
模試はあくまで通過点。 本番ではない。
親がその姿勢を示すことが、 子どもにとって何よりの安心材料になるのです。
■ 最後に:親バカ父は、今日も学び続ける
私は娘たちの成長を心から願っています。
だからこそ、 時に暴走し、 時に空回りし、 時に妻に怒られながら、 父親として学び続けています。
親も成長する。 親も失敗する。 でも、その失敗を笑いながら前に進める家庭が一番強い。
これが、親バカ父としての私の結論です。


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