■ ささいなことから始まったいじめ──そして娘は学校に行けなくなった
妹が中学2年生のとき、 本当にささいなことがきっかけでいじめが始まりました。
- 無視
- 陰口
- 仲間外し
- 小さな嫌がらせの積み重ね
最初は「気のせいかな」と思っていたようですが、 次第に学校に行くことができなくなりました。
朝になると、 制服に袖を通す手が震える。 玄関に立つと、涙がこぼれる。 学校の話題になると、表情が曇る。
父親として、胸が締めつけられる思いでした。
■ 担任と主任教諭が家に来てくれた──ここまでは良かった
学校側は、担任と主任教諭が家まで来てくれました。
- 子どもの話を丁寧に聞く
- 状況を整理する
- 今後の対応を説明する
- 子どもの気持ちに寄り添おうとする
ここまでは、正直ありがたかった。 娘も少しずつ気持ちが落ち着き、 「また学校に行ってみようかな」と思えるようになりました。
そして実際に、 娘は再び学校に行けるようになりました。
ここまでは、学校の対応に感謝すらしていました。
■ しかし“数日後の出来事”で、私は学校の限界を知った
娘が学校に戻って数日後、 帰宅した娘が泣きながらこう言いました。
「先生がね……加害者の子と握手して終わりにしましょうって言ったの」
私は驚きました。
その場には── 教師と、被害者である娘と、加害者の生徒だけ。 親は呼ばれていなかった。
つまり、 密室で、子どもに“和解の儀式”を強要したということです。
娘は拒否しました。 私はそれでいいと思いました。
なぜなら──
いじめられた側に“許す義務”などないからです。
そして何より、 回復し始めた心に、学校が再び負荷をかけた という事実に、私は強い怒りを覚えました。
■ 握手で終わらせるのは、学校の都合でしかない
学校はよく、
- 握手
- 仲直りの写真
- 形式的な謝罪
- 「これで終わりにしましょう」という儀式
こういった“表面的な解決”を求めます。
しかしこれは、 学校が「解決したことにしたい」だけの都合です。
本当に必要なのは、
- いじめの背景を分析すること
- 教室の空気を変えること
- 再発防止策を徹底すること
- 生徒の心のケアを続けること
握手ではありません。
■ 学校は「いじめられた子がどんな立場に置かれているか」を理解していない
私は学校に強く思いました。
「あなたたちは、教室の空気を本当に理解していますか?」
教室には、 大人には見えない力関係があります。
- 誰が影響力を持っているのか
- 誰が孤立しているのか
- 誰が標的にされやすいのか
- どんな言葉が飛び交っているのか
- どんな視線が向けられているのか
教師なら、本来これらを敏感に感じ取るべきです。
しかし現実は、 “表面だけ整えて終わり” という対応が多すぎる。
■ 入学説明会で「うちの学校にもいじめはあります」と言われて驚いた
入学説明会で、 先生が大勢の保護者に向けてこう言いました。
「うちの学校にも、少なからずいじめはあります。」
私は耳を疑いました。
もちろん、どんな学校にもいじめはあります。 しかし、 それを入学説明会で堂々と言うのは違う。
本来なら、
- いじめをどう防ぐのか
- どう早期発見するのか
- どう対応するのか
- どう再発を防ぐのか
こういった“学校の覚悟”を語るべきです。
「いじめはあります」 と言うだけでは、 責任放棄にしか聞こえません。
■ いじめは“個人の問題”ではなく“学校の空気の問題”だ
私は士業として、 組織の構造を見る癖があります。
その視点で見ると、 いじめは“個人の問題”ではなく、 学校の空気が作り出す構造的な問題です。
- 教室の力関係
- 教員の目の届かなさ
- 生徒間の距離感
- 課題や行事のストレス
- 教員の対応の遅さ
- 「見て見ぬふり」が常態化する文化
これらが重なると、 いじめは必ず起きます。
そして、 学校が空気を変えない限り、いじめはなくならない。
■ 父親としての結論:娘が握手を拒否したのは“正しい選択”だった
娘が握手を拒否したとき、 私は心の中でこう思いました。
「よく言った。自分を守れ。」
いじめられた側が、 加害者と無理に握手する必要はありません。
- 許さなくていい
- 仲良くしなくていい
- 無理に笑わなくていい
- “終わったことにする”必要もない
子どもの心を守ることが最優先です。
■ 最後に:学校には“空気を変える覚悟”が必要だ
私は学校にこう願います。
「いじめをなくす学校にしてほしい」
そのためには、
- 表面だけの解決をやめる
- 握手で終わらせようとしない
- いじめられた子の立場を理解する
- 教室の空気を敏感に感じ取る
- 生徒の声を聞く
- 早期に介入する
- 再発防止を徹底する
これらが必要です。
いじめは、 学校が本気で取り組めば減らせる問題です。
私は父親として、 この現実を発信し続けます。
子どもたちの未来を守るために。


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